2.目には目、歯には歯

 ある日、Condotti通りの脇の Croce通りで、イタリア人の若い女性がジプシ-の子供達に襲われるところを見た。  
  
 町外れの空き地にキャンピング・カ-を停め、清潔とは思われない環境で集団生活しているジプシ-達。男達はキチンとした身なりをして何故か皆、立派なベンツを乗り回している。ヨ-ロッパのどの国もが勧める定住化政策に従おうとしない彼等には、放浪型生活によほどのウマミを見い出しているのかも知れない。女達が集団で手相観や占いをやっているのを通りで見かける。男達が何をしているのかは全くの謎である。周りのイタリア人に聞くとイロイロと話してくれるが私は確証をまだ得てない。子供達は実く働く。5~6才位から仕事の実習を始める。まだあどけない小さな子が健気に仕事の練習をしているのを見ると複雑な思いに駆られる。仕事はスリである。  
 少年・少女達は11~12才と思われる年齢まで数人のグル-プで、集団スリで稼ぐ。通りでコレとみたエモノを取り囲み仕事をする。古新聞紙やダンボ-ル紙の切れはしでカモの目隠し役、周囲に気を引く役、財布を抜き取る役等々、チ-ム・ワ-クもよくとれている。薄汚れてはいるが、まだ可愛い年頃の子供達であるから、この土地に慣れない人がよくやられる。特に日本人が多い。  
 だがエモノは別に観光客やよそ者だけではない。土地っ子も時にはやられるようだ。だが、その反応が私のようなよそ者には極めて参考になる。  
  
 Croce 通りで襲われた若い女性は明らかにロ-マッ子。この時、ジプシ-の子供達は正面から囲むのではなく、エモノと一緒に歩きながらショルダ-・バックの中の財布を抜き取った。だが一瞬後、彼女は被害に気づきダダッと駆けて犯人の子を取り押さえ自分の財布を取戻た。それで全てが終わりである。警察に突き出すでもなく、お仕置きをする訳でもなく双方、ただ元の状況に戻っただけである。彼女は何事もなかったかのごとく友達とニコヤカに語り合いながら歩いて行くし、一方はまた新たな仕事にかかるというふうに。  
  
 長年、社会の中で定着した習慣のように事件は事も無げに進行して行った。  
 社会としてのムダなエネルギ-は浪費しないのである。同じように日本でも、例えば沖縄地方では台風の時にどうするか、東北地方では吹雪の時はどうするかと言った生活の知恵がそこなりにあるだろう。それらは社会としてムダなエネルギ-を浪費しないカタチの対応である筈だ。ロ-マ生活にも、それなりに知恵が必要なのかも知れない。とりわけ私のような異邦人にとっては・・・・・。  
  
 この土地でスリは社会の風土病のようなモノだとしたら、もう少し症状が重い風土病はドロボ-であろう。私の周りの日本人駐在員の三人に一人程度はこの風土病の洗礼を受けている。ドロボ-の被害は何も日本人などの外人に限ったものではない。イタリア人にも均等に降りかかっている。現に私のパラッツオに住む7所帯のうち外国人は私達だけではあるが、この4年間で私達以外は皆、なんらかのドロボ-被害にあっている。中には三度やられた家も玄関の大ドアごと破壊された家もある。ドロボ-達はプロであり、常にエモノの調査や技術的な研究・研鑽に励んでいるのだという。  
 我が家だけが被害に会っていないのは、私達が特別に貧乏だからという訳では断じてない。これはロ-マのドロボ-のチエより、私のチエがほんの僅か超えていたからである。
  
  
 夏のバカンス時期、ロ-マの住宅ゾ-ンに入ると必ず何処からかピ-コ、ピ-コと大きな音が聞こえてくる。時にはあちこち方々から聞こえてくる事もある。音量はとてつもなく大きく、近くにいれば三分ともたない。音源はアンティフルト、つまりドロボウ防止装置である。  
 家や車のドアや窓にセンサ-を取り付けセット・アップすると、侵入者があれば検知してサイレンが鳴り始めるという装置である。だが故障が多く、夏のこの時期、方々で鳴っているのはほとんど故障が理由である。セットした当人達はバカンスに出掛けているので、まだ残っている隣人達はたまったモノじゃない。まさに拷問である。こんな場合、消防隊が対処してくれる事になっているが手続きに手間がかかりその間、隣人達には拷問が続けられる事になる。  
 アンティフルトのシステムやセンサ-類は、毎年多種開発されているが、ドロボ-側も新機種が出れば処理技術を研究するので、イタチゴッコという観がある。  
  
 気温が上がれば勝手に鳴り出すし、マトモであってもドロボ-技術部隊にナントカやられてしまう事もあるシロモノである。沖縄の台風のように不可抗力的にやって来るドロボ-に、アンティフルトはやっぱり必需品かと思ってはみたが、なにせ値段が高く買えたものではない。  
 ならば、故障もせずドロボ-技術部隊にも決してやられはしない新型・低コストのアンティフルトを、自分で作れば良いと考えた。私も一応技術屋、これまで少しは技術も開発したし、特許もそれなりに持っている。そんな私が一生懸命考え開発すれば、世界一パ-フェクトなアンティフルトも夢ではあるまい。こうして新兵器は開発された。  
  
 さて問題は私のアンティフルトのシステムである。これが一般企業なら当然トップ・シ-クレットの部類に属するノウハウではある。だが今回は特別に開示する事にしよう。  
  
 (システム構成)  
 まず、下記の文章が書かれたプラスティック・プレ-トを数枚準備する。  
 勿論、これはイタリア語で書かれていることが前提であり、また放射線管理区域のマ-クも記入すれば効果的である。  
  

警告  
  
当家には、ガンマ-線を使用したアンティフルト装置が、各出入口、窓等に装着されています。  
ガンマ-線は人体組織を破壊しますので、この照射を受けると極めて危険です。  
当家に無断で侵入しこの照射  を受けても当方は一切、生命の保証をいたしかねます!

  
  
 このプレ-トは、いい加減なものでは効果がなく、きちんとタイプ文字で記入され製作されている事が重要である。あとは、このプレ-トを出入口、窓などの要所に見えやすく取り付けておくだけで終わりである。勿論、そこに記したガンマ-線照射装置などハナから有りようもない。有るのは、このプレ-トだけである。但し、これはドロボ-が好みそうな裏窓などにも設置する事を忘れないようにすべきである。なぜなら、これを読むのはそのドロボ-氏であるのだから・・・・・。  
  
  
 (システムの運用)  
 このプレ-トを設置して数日後から実に多くの反応があった。近所の床屋で散髪をしている時、バ-ルでコ-ヒ-やっている時、あるいは八百屋さん等で度々聞かれた。  
  
 「あんたんち、すごいアンティフルトがあるんだってナ?」  
 「ウン、あれは面白い装置だよ。ガンマ-線て知ってるかい? 最新鋭の製鉄所なんかで、鋼鉄の厚サなんか計る時に使うんだ。そうそう、こんなに分厚い鉄でも突き通す性質がある。うん、ガンマ-線は人の目には見えないヨ。だからドロボ-も入った時には気づかない。だけど2~3カ月後にはまちがいなくガンになるネ。その後はどうなるか知らないネ。だって君達も言うだろ。ホレ、’目には目、歯には歯を’って!」  
  
 だが、少しばかり気がきく者はこう問う。  
 「だけど君、電源切られたらどうなるネ?」  
 こんな質問への答えなど、あらかじめちゃ-んと準備済だ。  
 「そんな事もあろうかと、このシステムは電気的ではないんだよ。キミカ(化学反応)なのだ。」  
  
 これでいい。相手は私が日本人のエンジニアということは知っているし、日本の技術レベルが高い事はこの国に輸出されてるハイテク製品を見れば、子供でも知っている。  
 また以後、当家には妙なセ-ルス・マンも勧誘員もあまり来なくなった。集金人も門から勝手に入らず、下からチト-ホノ(インタ-ホ-ン)やブザ-で必ず連絡してくる。子供達が窓から顔を出すと、大声で  
  「オ-イ、マンマはいるか~?」  
と、先ず声を掛けてから、恐る恐る当家に近づく。  
  「アンティフルトは大丈夫だろうネ。」  
  「エ-、マ-、お疲れさんですネ。」  
と、いう風な会話が妻との間でいつも交わされているようだ。  
  
 それにしても、この国のウワサという情報システムの発達は素晴らしいものだ。めったに行かない朝市の魚屋のオニ-サンからも聞かれた。きっとドロボ-さん達も、こんな情報ネット・ワ-クをフルに活用して仕事の計画を練り上げているのだろう。  
  
 だからして、このアンティフルト・システムの運用上、最も重要なことはこの新型装置の実体の機密性を保つことである。ロ-マの日本人の友人にさえ話していない。どの時代、どんな世界でも最新兵器の情報は極秘にするのは常識だ。どこからモレるか分からない。  
  
 (システムの効果)  
 ある夏、家族で旅行をし10日間ほど家を空けた。旅から戻って、子供達が裏のテラスで見慣れぬ荷物を見つけた。  
 そこは日頃あまり使っていないテラスで、外側に煉瓦の飾り壁がある。この飾り壁は地上から屋上まで、交互に煉瓦を抜いた格子状のデザインが施されている。すこし身が軽い人ならば煉瓦が抜けた部分を梯子代わりに、三階のこのテラス位は平気で昇ってこれそうな造りである。それにここまで来れ
ばこの飾り壁は身を隠すには恰好の場所で、ドロボ-なら安心して壁の陰で窓を破る仕事に専念できる。  
 そんな場所だから、このテラスの周りには1枚余分に例のプレ-トを取り付けておいた。それに加えて足元とその少し上に細いピアノ線を2~3本張っておいた。  
  
 彼等はプロだから、表のプレ-トの警告文は先刻承知の筈である。だが半信半疑で七つ道具を担いで飾り壁を昇って来たようだ。多分、夜に。先ず道具の入ったバックを開き、それから暗闇の中を窓に近づいた。何やら此処にも例のプレ-トが掛かっている。それも沢山。ヤバイな。どうしょうか。思案しつつプレ-トと窓を覗き込もうと近づいた。  
 そこで下に張ったピアノ線に引っ掛かって、よろけてバランスをこわし、次に上に張ったピアノ線に引っ掛かり、事もあろうに例の恐いプレ-トに手をついてしまったようだ。そのとたんにプレ-トが外れ音をたてて下に落ち、途端に窓のシェランダ(鎧戸)に身体の一部が触れガラガラと音くらい発てたかも知れない。多分、そこでパニックに陥ってしまったに違いない。大切な商売道具入りの鞄さえも残したまま、転がるように下に逃げて行ったのだろう。  
 こういう時、人間がどんな心理になるのか・・・。恐怖という感覚は、民族も文化も超えて、共通するところが有るのではないか。彼の気持ちが良く分かる。とりわけ知らないモノは恐い。また目に見えないモノほど恐いものはない。悪霊も呪いも言ってみればそんなものだ・・・。  
 普通のアンティフルトならば仕事がら、見たこともあるし退治の仕方も分かる。だが目に見えないガンマ-線というマモノは、命さえも取ってしまうという。なんと恐ろしいマモノ使いのニッポンジンのテクノロジ-は悪霊よりも悪魔の呪いよりも恐ろしい。  
  
 という訳で、鉄切り鋸、鉄切りカッタ-、大型スパナ、ガム・テ-プ、ドリル、使い方が分からない道具も含めドロボ-業務用のフル・セットが私の手元に残った。これほどのシステムが揃えば私はいつでも転業できる。脱サラでもやるか!  
  
 これは当方の戦利品として預かっておく事にした。私が日本に帰国するまでに先方からの申告がなければ、戦勝記念に日本に持って帰るつもりでいる。  
 後になってこの件を、ロ-マに長年住んでいる友人に話した。彼は言った、「ドロボ-にモノを盗られた人は沢山知っているが、ドロボ-からモノを盗った人は君がはじめてだ。 ‘You did, more than Romans.’ 」  
 彼は本気で感心してくれているのだろうか?