3. Do it by Yourself

 ロ-マの生活を快適にするための知恵はドロボ-対策だけではない。多分、ロ-マ人の中にできるだけとけ込んで彼等の生活の方法を知って、その中で異邦人である自分に合ったやり方をするのがよろしい。  
  
 生活のうち、衣・食については店に行って買い物さえすれば、なんとか我慢できる。だが住は、ガマンすればなんとか出来るというモノではない。例えば水漏れで床が水浸しになったとか、電気が止まったとか、洗濯機が故障とか、子供が怪我したとか、ドアが壊れたとか・・・生活できないのである。  
 日本ではめったに起こらないこんな出来事がここでは日常茶飯事に起こるから困ったものだ。  
 日本からの派遣者で、こんな事にいちいち会社の秘書を通してやってもらっている人もいる。だけど只でも効率が悪いここの社会でそんなやり方していたら、どんな些細なことでも一日がかりの仕事になってしまう。それに休日だったらどうする。そんな訳でココでは何事も自分でやるのが一番いい。  
 まず、コレは特別の出来事か?普通のイタリア人はそんな時どうするのか?  
といった事から理解しなければならない。自分でやるとしても何しろバラツキの大きな社会だ。何がこの世の実状か分からないからだ。  
 その場合、言うまでもなく言葉、イタリア語を話せる事は大前提だ。でなければロ-マでの普通の生活が分らない。英語を話す人はここの社会でも偏りのある一部の人達であるから、そんな人達とだけ話していてもロ-マ社会の全体像は分からない。生活の周りの人達との交流が大切だ。  
  
 イロイロやっているうちに生活関連の人脈も出来てくるし、ここでの駆け引きのやり方も分かってくる。また不思議なもので、一目見て・一口話して相手がどんな人かも分かってくる。日本にいた時と同じだ。最初の頃、若い女性を見ればどんな顔でも美人に見えていたが、美人とそうでない人のケジ
メがつけられるようになってきた。イタリア人と一口に言っても歴史的に民族が混じり合い多種多様の顔だちがある。その中で利口な顔とそうでない顔、正直・マジメ 者の顔とそうでない者の顔が見えてくるから不思議である。  
 マジメな人でも、力の限界さえ分かってくる。「あ、この人ではこの故障直せない。」 例えば、水洗トイレの故障や湯沸器の故障、何度やっても人を変えても、また直ぐ故障してしまう。 こうなれば、何事も自分でやるのが一番いい。彼等がやっている事だから自分にやれない事もなかろう。という、一番手っとり早い選択をする気になってきた。  
 おかげで少々の故障なら、ガスも水もトイレもシェランダ(シャッタ-式鎧戸)も電器も、自分で直せるようになってきた。とはいえ生活用品の様式も電気器具・部品の方式や規格も、日本に較べバリエ-ションが大きく多種多様である。同じ家庭の配電も220Vと110Vがあったりするし、ネジ一つとっても規格がまちまちである。これでは自分で何事かするにしても又、イライラする事もあるし、大ケガさえあり得る。だから、先ずはここの社会のそんな部分の勉強も少しはしなければならない。  
  
 ’Do it by Yourself’ は、ロ-マ生活の最大の知恵の一つだった。以来、イライラする事も少なくなったしムダ金を使うことも減った。それに、もしかしてロ-マで便利屋くらいは開業できるかも知れない。  
  
 とはいっても車や大型の電気製品の故障、壁や床の中の水漏れ等はそうはいかない。こんな専門業者に委ねる仕事でも出来るだけ立ち会う事にした。  
’なんで、こんな故障が起こるの?’ ’どうして、そうするの?’と言った疑問は、この国の技術や品質管理のレベルを知る意味で、はては文化や考え方の違いを知る意味で仕事の上でも大いに参考になる。なにしろこの国については何でも知っておかねば、何でも確かめておかねば・・・・。  
  
 異郷で暮らしをマトモにするならば、’Do more than Romans do ! ‘の気を持って、そのベ-スとして彼等がやってる事は何でもやってみる ‘Do it by Yourself ‘の気持ちが大切なようだ。

4.ロ-マ人に勝つ方法

 バラツキが大きな社会には、何か自然の生態系に近いものがある。厳しさの反面、力ずく・知恵ずくでかかれば社会のバラツキの悪い側から良い側に移って行ける様な余裕がある。社会の構造に風が吹き抜けるゆとりがある。  
 一枚岩の社会、システマティックに過ぎて余裕のない社会、完璧すぎて融通がきかない社会、そんな日本の社会では、「人の社会と自然とは本質的に異なるものだ。」といった印象がある。  
  
 勿論、社会はシステマティックである方が、完璧な方がいい。だがロマンが周到に準備された安全な旅にではなく危険な無人島の探検行に有るように一方では完全な社会には何かが足りないという思いもある。  
 日本では人間関係も倫理も、相互援助や思いやりに基づいた社会的なものである。概してどんな分野でも、苦しくても何年か師従していれば、そのうち暖簾分けしてもらえ独立させてもらえる。それが倫理・暗黙の協定である。  
 師匠は長年従ってきた弟子をいつか独立させるか自分のポストを譲る義務を感じ、弟子はマジメに師匠に仕える義務を感じるものだ。この暗黙の協定の枠から外れれば社会の規範を冒した事になり、両者共に外れる訳にはいかない。学派も政治派閥も、芸術家もヤクザも概して似たような群社会にいるのではなかろうか。  
 イタリアは徹底的な個人主義に基づいた社会だ。人間関係も倫理も相互不信や自己中心・個人中心型のようだ。北の方ではかってはギルド等の徒弟制度が有ったようだが、これとても人間関係や倫理といった心的・情的なものではなく、社会契約的な制度に依ったもののようだ。  
 マフィアでは日本のヤクザとは異なり任侠・恩義理のような心的・情的な規範は無く、オヤブンが舎弟の立場や将来を思いやって侠気で子分にポストを譲った話しなど聞かない。自分で築いたボスの地位は死ぬまで自分の権利であり、子分はあくまで従業員で社長としてのボスは彼等の生死与脱の権を持つ。その方法は逃散防止も兼ねた’死の掟’があり、裏切り者はすぐ殺されるシステムになっている。だから次席がボスのポストに座りたければ、力ずくで’殺る’しかない。マフィアでは’殺って’しまえばそこのボスになれるが、日本ヤクザの任侠社会ではこのやり方は通用しない。イタリア映画に出てくる裏切りの構図である。そこに’仕返し’の反力が働かなければ、ボスのポストも安泰である。  
  
 この地には音楽や芸術の多くの留学生が日本から来ている。アカデミアの他、名のある先生に師従する事が多いようだ。  
 ここでも何年もマジメに師従していれば先生が自分のシマを分け与えてくれるというような社会規範はないようだ。コンペやコンサ-トで実力でノシ上がる他ない。この地ではエライ人は徹底的にエライ。  
 従って、私に言わせれば、先生々々と慕っていればいつまでも図に乗り続ける。弟子からの貢ぎ物
(授業料)は権利であり、それをミスミス放棄するようなバカなことはしない。ここでも場合によっては、ボス(先生)を実力で引きずり下ろしてその場所に座るしかない。なにしろプリマドンナのポストは一つしかないのだ。  
  
 バラツキが大きな社会では自然生態系に似て、それなりに大きな闘争が有るようだ。闘争のためのシステムは社会的にも準備されている。例えば芸術も音楽もその評価が、日本のように属する派閥に左右される事は少ない。コンペなど一般評価のチャンスが多いのもそうだし、また日本に較べ一般の人々の関心度も大きく違う。こうして’派閥’などの「群効果」ではなく実力の評価に関する社会的なシステムが風土的に備わっているようだ。  
  
 「闘争の場」は、日本のように限られた範囲の中で、決まったル-ルの下で過激な競争をするのとは違う。もっとドラスティックでダイナミック且つドライな方法のようだ。そんな中では、ケンカ(競争)に勝つためにチエを絞らねばならぬ。私は常日頃から、ケンカ(競争・闘争)に勝つ法則は次の三つしかないと考えている。

・第一法則・・・・「量」で勝つと言うこと。例えば普通の人が100題の問題を解いている間に130題を解けるといった量的処理能力である。30Kgより40Kg担げるという体力でもあるし8時間働くより12時間働くといったガンバリでもある。「量」の価値は誰もが理解できる価値であり努力によって得る事が出来る力であり、この力の発揮は日本型の社会では最も美徳とされる。  
 この例を広義に産業や社会でとらえると「生産性」である。生産性を高めることは企業競争力をつける上で最も基本的な力である。コンサルタントは先ず、患者の会社にこの基礎的な力をどういう方法で付けるかを考える事になる。  
  
・第二法則・・・・「質」で勝つと言うこと。例えば100題の問題を解いて、普通の人が85点なのに常に満点をとれる力である。或いは誰よりも上手に絵が描けるとか感性あふれるデザインができるとか仕事の「質」が生み出す価値である。この「質」の価値も、定量的に評価できる範囲はよいが、感性的・情操的な質に昇華されるに従い、日本人型の社会では評価がされにくくなる。ただし、一旦名声を得れば、以後盲目的に受け入れられるようになる。  
 この例を広義に産業や社会でとらえると「品質」である。例えば企業で製品なりサ-ビスの品質が高いと言う事はそれなりに実力が伴っている証である。「量」の問題は頑張ればなんとかなるが「質」の問題は頑張りで到達できる範囲には限度があり、あとは本質的な天性・能力に依るところが大き
い。コンサルタントとしては、患者の会社に対し先ずは「量」、生産性で基礎の力を付け、次に「質」をどこまで上げ得るかを考える。  
  
・第三法則・・・・一般に前記の二つの法則は、精神力とか体力の「がんばり」なり「実力」が必要である。また競争のル-ルや評価のル-ルもそれなりに社会的に了解され、日本的な過激競争は基本的に前記の二つ、「量」と「質」の範囲で行われる。この意味で第三法則の概念は日本型社会では理解されにくい。この概念が評価されにくいのは密集群型社会の特性に起因するからである。  
 第三法則は’Peculiarity’、すなわち特殊性・特異性である。つまり、他の人がやれない事、他の人がやらない事と言う価値概念である。希少性自体すでに価値である。ダイヤモンド・貴金属等モノであれば理解される概念も、人の能力や資質となると何故か日本型の社会では、その価値を認識され
にくい。’Something-New’に対する価値判断のル-ルがこの群特性にもともと無いからである。だがイタリアのような群特性の社会では俄然コレが価値を生む。日本人はこの点に気づかない。  
 後になって第四法則というのがある事を知らされた。だがこれはフェア-な考え方ではない。だから、あえて書かないことにする。  
  
 私が勤めている会社はこの国に大きなプロジェクトを持っている。その中でイタリア在住の多数の日本人に通訳の仕事をお願いしている。その多くの人達のル-ツは、美術や音楽の留学生だ。日本の一流の美大・芸大・音大を卒業し、プロとして自立の希望に燃えてやっては来たが、イタリア社会での
闘争に疲れ・夢破れ・失意のうちに通訳などに身をやつしている人も少なくない。  
 ある時、南イタリア・タラントのプロジェクトでそんな一人の彫刻家と出会った。彼はまだ現役の彫刻家で、ピサの少し北のカラ-ラという町に住んでいる。その町は白大理石を産し、昔から彫刻家や石工・大理石加工業者が住んでいる。彼は30才代半ばは過ぎているが、それまで人体彫像やモニュメントなど具象も抽象も制作してきた。芸術家として自分の理想を追えば、食べてゆけないし、売らんがための作品を続ければ単なる石工に成り下がってしまう。プロの彫刻家として家族を養ってゆくのはイロイロ厳しいらしい。  
 このプロジェクトでの通訳の仕事は生計の足しのためである。  
 ’イタリア在住芸術家’の看板を掲げて日本をマ-ケットに仕事をやってる日本人芸術家は多い。だが、イタリアやヨ-ロッパをマ-ケットにイタリア・ヨ-ロッパの芸術家とサシで渡り合える人は極めてない。彼は前者の立場をいさぎよしとせず後者の生き方をとった人である。  
 夜11時過ぎて、ホテルのバ-ルもようやく静かになり始めた。  
  
「もし、私がここイタリアに声楽家を志して勉強にきていたら・・・・・」  
  
私は、自分の意見を言った。  
  
「仮にそれなりに実力がつき、体操競技のように点数がつけられるとして9.1とか9.3の点数をとれるレベルになったとしたら、私だったらイタリアのマエストラ(先生)にこう言うネ」と続ける。  
  
「分かった、もうアンタ方の技術も手法も皆、良く分かった。ところでオレンチ日本にはアンタ方とは違うモノがあるよ。例えば日本陰音階で、こんな発声で・・・・・」  
 つまり、彼等にとってSomethinng-Newのモノを出す。  
 いつまでも、彼等の手の内で競争していても勝てるはずがない。ここは彼等の土俵、彼等のリングの上だ。9.1と点けるか9.2と点けるか、それはもう技術や手法の実力の問題ではない。民族や文化の間にある微妙な何かの違いである。この0.1の差はどう頑張ってみても当方、ブが悪そうである。し
ょせん30年間、タタミとミソ汁で育ってきた生理と心理、あるいは体型や感性が身に染みついているのだ。彼等の十倍のエネルギ-を使って努力をしトップ近づけても「アナタ、日本人の顔をしてるネ。だからマダム・バタフライのプリマドンナにしたげる!」・・・程度の事ではないかと私は疑っている。  
  
「私なら、こんなケンカはしたくない。私がここで長年、フェッシングを勉強しそれを極めたとしても、本気でこの地のフェンサ-と決闘するなら、彼等の剣は使わない。彼等の技術をわきまえた上で、鎖ガマか薙刀でも使いたい。」  
  
 もう真夜中過ぎ、バ-ルのボ-イも顔馴染みのエンツォだけが残って付き合ってくれていた。一般にプロの芸術家は誇り高く、めったに人の話など聞きはしない。だが何故かマジメに私のバカ話を聞いていた彼の顔は、だんだん喜々とした表情になってきた。最後に私の手を取り、「ありがとう」と心から言ってくれたようだった。  
  
 次の朝、彼が荷物をまとめて突然カラ-ラに帰った事は後で知った。プロジェクトの通訳の穴埋めを大急ぎで探すハメになったからだ。  
  
 それから一年かもう少し経って、そんな日の出来事など私はとうに忘れていた。あるプロジェクトでどうしても有能な通訳が見つからず、彼の名を思い出して電話をしてみた。留守がちの彼をやっとの思いで見つけ出し、通訳の件をたのんでみた。彼はその申し出を丁重に断って、こう言った。  
  
「私は今、彫刻家としての仕事が忙しいのです。このところ、ヨ-ロッパ中から作品の受注や個展の提案を受けているのです。」  
彼の声は喜々としていた。  
  
「どんなテ-マ・作風をされているのですか?」私は聞いた。彼は少々、躊躇して、  
「’生々流転’という東洋の思想をテ-マにやっています。」
  
 彼はこの地の素材と、この地の技術と技能を用い、この地に無いモチ-フで作品を創りはじめたようだ。彼の声はうわずっていた様だが、あの夜の会話のことは繰り返さなかった。

5.In Rome , Do more than Romans do!

 会社のお医者さんコンサルタントが出向いてゆく会社はいつも技術協力等の治療ですむ病気の会社だけとは限らない。中には現在は健康だが将来の事考えてとか、もっと大きくなりたいとか、もっと幅広い活動をしたいという患者もいる。それに相手は自分の会社の同業者とは限らない。とりわけ自分
の会社も経営の多角化を始めたおかげで私の仕事は一層楽しくなった。柔らかなところでファッション業界から、硬いところでは航空・宇宙関係まで、いろんな世界と接触する機会が増えてきた。  
 相手が技術を欲している場合もあれば、共同での研究や事業の可能性を考える場合もある。互いに良く識り合った相手もいれば、まったく知らない相手もいる。いずれにせよ相手が何者か、実力は世のどのレベルか等を知っておかねばお互い不幸になる。こうなれば、医者と患者の関係ではない違った意味合いもあるが、こちらに相応の知識さえあれば考え方・取扱い方などはあまり変わるところはない。  
 過去に経験したことがない分野は自分にとっては常にSomethinng-Newである。この新鮮さがたまらない!などとワクワクしてはおれないのがプロの辛さである。またどんな業界どんな分野に出掛けても、昨今の技術やトレンドの変革は激しく、聞くこと見ること皆、驚きあきれるばかりである。  
 だがいつまでも驚きあきれていたのでは、この仕事は務まらない。三日間も付き合えば、顔に二三発のパンチを食らわす位のインパクトで、相手を驚きあきれさせなければ、こちらの話しなど聞いてはくれない。医者に患者の信用が必要なように、相手の絶対的な信用を得なければコンサルタント稼業は務まらない。  
  
 ここでの仕事の進め方、もうたっぷりとノウハウを作った。これについても一冊の本が書けるかも知れないが、後で食いはぐれた時のメシの種に残しておくのがよかろう。だが現実には小さな事の積み重ねでもある。  
 例えば使う言葉ひとつをとっても、初対面のイタリア人が英語を話さないとハナから分かっていても、こちらは敢えてイタリア語では切り出さない。  
 先ずは英語で切り出す。それも出来るだけスマ-トな英語で始めるのがよい。  
 相手が、「ゴメンなさい。私は英語がしゃべれない。」と言うのを待って、  
 「それでは、イタリア語で・・・」という事にする。そうすれば、同じヘタなイタリア語でもフェア-に仕事のカケヒキもできる。  
  
 会社の仕事に関する事は例えどんなに愉快な話題でも書かないのが義務である。だから会社の仕事でなくて自分のライフ・ワ-クについて、そのうちに書くことにしよう。  
 私が趣味について話すと、まだ日本では多くの人が「そんなアソビに熱中して・・・」と不謹慎な眼差しで見るようだ。だが私は自分ではアソビなどとは初めから思ってもいないし、むしろ自分のためのシゴト、自分のためにお金をかけてするシゴトと考えてきた。それにそういう彼等のゴルフやマ-ジャン、カブにカラオケのどれか一つを止めても私のライフ・ワ-ク程度なら時間的にも経済的にも十分おつりがくる。というと今度は、ゴルフ・マ-ジャンは仕事の一部、と言うからやっぱりやりにくい。勿論私も日本型社会の群の論理の重要性を理解しない訳ではない。だがそれが全てと考えるところに異論がある。日本の群社会にいる限り、皆と違うアソビならそ-っと目立たずにやるのがいいのだろう。それでも私は止めないが・・・・。  
  
 一人の人間が生きれる時間などいつでも有限だ。だから自分の趣味やアソビ、つまり自分のライフ・ワ-クは熱心にやる。一生懸命考える。いっそやるならその道のプロも超え、行き着く先を見極めた。  
 せめて気持ちだけはいつでも’Do more than Romans do!’だ。結果はどうでもよい。仕事は結果
が大切であるが、私の人生は過程に意味がある。  
  
 物事の考え方はどうやら、趣味にも仕事にも人生にも共通するようだし、本当に好きな趣味やアソビなら一生懸命考える。これが意外に役にたつ。  
 イタリアと日本の、社会の違い・会社の経営や工場管理の違いについての考え方も、私の場合、趣味の生態研究が役立った。  
 イタリアに進出して来た日本企業をイロイロ調べてみたら、その中の失敗例は、皆そんな社会特性の読み違いのようだった。日本の経験、日本の知識しかないそんな企業のコンサルタントには、国外進出の前にぜひ生態学でもやってもらえばどうだろう。いくらマジメな社員でも群一辺倒の単一思考の
人ならば、ここの世界では危なかしくって見ておれない。  
  
 とにかく私も、あれこれバラバラにやってきたイロイロなアソビや趣味の活動が、もうすぐ皆つながって、仕事も趣味もまとまるような予感がする。

6.嵐の前のリ-ダ-達

 リストランテ’DellaRocca’は今日も予約で一杯だ。最近この店のようにヌォ-バ・クッチ-ナ、つまり新しいスタイルに変えたイタリア料理を出すレストランが流行っている。料理には店主やシェフのアイデア・工夫がいろいろと見られ、ここの店主も誇らしげに料理は全てオリジナルだと言うが、このスタイルの料理にはフランス料理や日本料理の影響がある事は明らかだ。  
 イタリアの友人達と食事をしている私の後のテ-ブルに日本人のグル-プがやって来た。さしずめ機械関係の会社のミッションというところらしい。  
 団長とおぼしき人はどうやらイタリア通らしい。「通」の定義が厳密にはどうなっているか知らないが、この方、ワインの通でもあるらしい。ワイン・メニュ-を読みながら、十名近い団員に一仕切りの講釈をされている。  
  
 「’Cadelbosco’!」彼は注文した。ワインの通ではないが私も、この樽の木質の香りがする芳醇でやや発泡性のワインは好きである。今日も実は先程、これを注文したが、どうもいつもの味と何かが違う。同席のイタリア人の友人達も同じ意見だ。そこでソムリエも兼ねている主人に聞いてみた。  
  
「君どう思う?」彼は恐縮して「実に申し訳ないことをいたしました。」と謝りながら言うことは、今度の入荷分の中にコルクの品質が悪いものがあるらしい。  
 折角の上物ワインでもカンティ-ナ(酒造蔵)でのコルクの品質管理が拙ければ、ワインが酸化してその生産ロット全部がダメになることさえある。  
 今回はそれに当たるらしく、私達も二度取り替えてみたがダメなので諦めて、’Chardonnay’にした。  
 さてお隣のテ-ブルでは「通」の団長の講釈の後、全員が’Cadelbosco’で乾杯し、舌つづみして歓声を上げている。  
 側に来た主人に小声で尋ねてみた「ところで隣のテ-ブルのはどうなの?」  
 彼は手先を波うたせるゼスチャ-で”Cosicosi”と言った。「それなりに・・」という意味であるが、これはかなりマズイものだ。  
 仮に何かの違いがあっても、味覚には公式はない。彼等がウマイと思うのならば、それでいいのだ。毒でさえなければ・・・・。  
 だが、もしそれが毒であったらどうなった・・?この団長は明日の会議で、仕事の上で同じような事をやらかさないか・・・・?  
  
 日本型の社会では何事もラベルが重要である事が多い。本質も時として、さほど重要ではない。というのも日本の社会では品質管理がパ-フェクト、つまり品質のバラツキが小さい。ラベルは標準的に中身を表している。だからラベルを見れば中身を疑う必要はない。間違いはない、信用できるその道
のプロが中身を吟味しているのだから。  
 日本のようにバラツキが小さい社会では、社会のチ-ム・ワ-ク、組織化がうまくゆく。社会の機能が分業されても安心だ。他人の仕事も安心して信用できる。分業・協業がうまくゆき社会としては完全である。だから個人としては完全である必要はない。  
 いつしかラベルを知って中身を判断する習慣がついた。時に知識は恐い。  
 味覚さえも知識で知る、知識で味わう。中身・本質を直接自分で確かめる習慣が無くなった。中身・本質を直接、自分で確かめる能力が無くなった。だから時に中身が変質・変化していても分からない。
  
  
 社会の中身や環境が変質・変化していなければ、ラベルで物見るリ-ダ-でも問題はない。だが変質が在れば・・変化が起これば・・・どうなろう。  
  
 自然の中には生態系という社会システムがある。例えば自然の中での経済システム、生産と消費という視点で見れば、食物連鎖のハイアラルキ-(ピラミット)がある。ピラミットの底辺には系の生産の基本を担う底性生物の一群がいる。そのすぐ上にこの底性生物を餌にする動物の一群がいる。さら
にその上には彼等を餌にする動物の一群が・・・・というようにピラミットは構成されている。一般的には上にゆくほど強く大型になる。かくして頂点にはライオンや虎などの猛獣、ワシ・タカ・ハヤブサなどの猛禽がいる。  
 数から見れば下にゆくほど多く、上にゆくほど少ない。そうでなければ系として成り立たない。そして勿論、それぞれ生態系のどの位置(これをニッチと言う)に在っても、またいかなる個体も生態系全体において果たす役割はある。  
 人間の社会システムも、仮に人間がみな平等だとしても、社会の機能から見れば生態系のピラミットによく似てる。社長が頂点の企業のシステム、首長を頂点の国家のシステム等々、カタチから見ると明らかに相似形である。  
 安定した生態系では、「系」の各位置(ニッチ)の数のバランスが相応に保たれ、またその機能・役割も相応に果たされている。  
 従って、「系」の生産を支える部分は層厚で群も堅固で安定な方がよい。  
 だが、「系」の頂点に在る猛禽はムクドリのようには群れ飛ばない。彼等は孤高に一羽、空の高い位置から広く・遠くを見て飛ぶ。  
 ムクドリの群の中から外は見えない。自らの群(社会)の姿も見えない、自らの位置も見えない。ましてや広く・遠く、世界の変化も見えない。  
  
 さてリストランテ’DellaRocca’の日本人の団長は、はたして「系」の頂点・リ-ダ-としていかなる機能・役割は果たしているのだろうか。  
 ムクドリの群から抜け出して、猛禽が飛ぶ位置に就くのはむずかしそうだ。とはいえリ-ダ-の役割は猿山の猿さえもやっている。群の頂点のボスは常に高い位置にいて群全体を見、群の外側の世界(環境)を広い視野・遠き視点で見、変化をとらえ、事の本質を見抜き、群の動きをタイムリ-に対応
させる。これが群のリ-ダ-の役割だ。群の内側にいてリ-ダ-の機能は成り立たない。そんなリ-ダ-がいる群は極めて危険だ。群全体をダメにする。ひいては、生態系全体がダメになる。  
  
とりわけ変化が迫って来ている時には・・・・・。

7.酔っぱらいと生態系

 所用でフランクフルトに行った。ここの駅裏には、ちょうど日本のガ-ド下のような一種独特の頽廃的ム-ドを醸しだしている一帯がある。飲み屋街、とは言っても勿論ビア・ホ-ルであるが、ここが何か不思議な懐かしさを漂わせている。この懐かしさは一体、何だろう?街並み、人、どれも違う。  
 ビア・ホ-ルに暫くいて、やっと分かった。人々のビ-ルの飲み方だ。ビ-ルを飲むこと自体が目的でビ-ルを飲んでいる。  
  
「遠慮するな!マ、マ、マ・・・・・もう一杯!」  
「ウイ~、もうオレ飲めない!」  
「まだまだイケる。グイ-ッとやれ!」  
  
 ドイツ人もコレやるのか!酔っぱらいがいた!  
 そういえばイタリアにいてイタリア人の酔っぱらいを見たことが無い。こうやって無理に酒を勧め合うのを見たことがない。「いらない」と言えば、それまでだ。イタリアではワインの種類も豊富ならビ-ルは勿論、ロ-マ時代の昔から酒の種類は極めて豊富だ。イタリア人は酒好きだが酔っぱらうまで決して飲まない。イタリアでも飲み過ぎでベロベロに酔っているのを一二度見たが、あれは日本人とドイツ人だった。  
 この酒飲みの文化の違いは何だろう?これも生態的に考えてみないと分かるまい。  
 ヒトの生態環境が豊かな南では、酒をブドウで造る。ブドウが豊富に取れてブドウ酒も沢山造れる。だが北のドイツではビ-ルを大麦で造り、日本では酒を米で造る。どちらもパンや御飯の主食が原料で、ややもすると主食さえ食いはぐれそうな環境に生きる者には、ビ-ルや酒は贅沢の極みのモノで
あったはず。だから庶民はメッタに飲めたりしない。せいぜい年に一度か二度、祭りか祝いの時に、遠慮しいしい飲んでいたのではなかろうか。  
 サケはそんなに貴重だから、遠慮するのは美徳である。遠慮する者にムリヤリ酒をすすめるのは、もっと美徳だ。酔っぱらうのは最高の贅沢であったはずだ。「飲める時には死んでも飲むぞ」という貧乏人の悲しい文化も有ったかも知れない。  
  
 一方、環境豊かな南の方では豊富なワインを、飲みたい者は飲みたいだけ飲めばよい。苦しくなるほど飲むなどバカげている。ゆとりの文化だ。  
  
 こうして観ると、酔っぱらいの文化の違いは、貧乏人と金持ちの文化の違いの様なものかも知れない。生活が豊かになって、いつでも・好きなだけサケが飲める様になっても、身についた飲み方の習慣は変わらないようだ。  
  
 人間の行動・習慣、あるいは文化は一夜にして改まるものではないらしい。  
 環境が変わってもヒトの行動様式はそう簡単には変わらない。これがイタリアに来てワインの飲み過ぎで酔っぱらっている程度で済むことなら世の中、平和でよいが・・・・・。

8.LaTempesta

 雲行きが怪しい。生ぬるい風が吹いてきた。これは、テンペスタ(嵐)になるぞ。テラスではボ-イ達が大騒ぎで片付けをしている。つい一時前まで、ナポリ湾の海面には積雲が影を落とし、そのむこうにカプリ島の容姿がクッキリと見える穏やかな空だった。テンペスタは突然やって来る。  
  
 HotelSAKURA、かってここに数カ月の長期滞在した事がある。ナポリとソレント半島の中間、ベスビオ火山のすぐ麓のト-レ・デル・グレコという町にある。それもベスビオ火山の山麓をかなり登った所にあるから景色は抜群だ。目の前のナポリ湾の右手にナポリ、左にソレント、正面にカプリ島、そして背後にベスビオ火山の頂が見える。ポンペイの遺跡もここから3キロの所だ。ホテルにサクラという名が付いているのは、ここのオ-ナ-が半分日本人の血を継いでいるからだ。あの頃からもう10年以上は経っただろう。  
  
 日本でもイタリアでも、何処にいてもいろんな人と付き合った。いろんな仕事・いろんな社会・いろんな世界を、見たり経験して今日まで何とかやれてきた。人間みな同じとカッコイイこと言う人もいるけれど、人間みな違う。人類、民族みな違う。  
 動物の行動が、生態系の環境の違いで差が出てくるように、あるいは犬の性格が種によって違いがあるように、人間も生まれや育ちで違いが出てくる。  
 生まれ育った環境で人や社会の性格のカタチが違う。どうやらこれを文化の違いと言っているようだ。本物の紳士もいれば博愛主義者もいる文化があれば、「オレの物はオレの物、オマエの物もオレの物・・・」という豪快な文化もある。こんな違いにもそれなりの事情や理由がある。だから文化の違い
は、そう簡単には変わらない。  
 そんな違いの中で互いにうまく付き合い、共に幸せに生きるには、先ず自分の違いも含めて違いの本質を知り合うことだ。思い込みや先入観を打ち捨てて、本当の違い、違いの意味を知る事だ。互いの違いを知って付き合えば互いにナントカやれる。時には出会う争いも互いにハッピ-な方が良い。友
好も本物の方が良い。これまでそんなやり方で、ケンカも友好もやってきた。  
 相手によって、あるいは場所によって顔つき・態度が変わってもこれは区別であって、差別ではない。ケジメが肝心なようだ。物事の本質を理解しようとしない者には、「差別」と「区別」のケジメはつけられない。  
  
 ホシムクドリとカモの群が一つになって融合できるまでには、それなりにチエと時間がかかる。できればゆっくりと、生物が自然の環境推移に適応しながら変化(進化)してきたように、人類もそれなりにチエと時間を費やさなければならないようだ。互いの違いを理解し合うにはそれなりの努力が要るものだ。  
 だが、ここにきて何だか様子がおかしい。あたかもテンペスタの前触れのような生ぬるい風が吹いているようだ。それが人類の文化か文明かは分からない。努力もチエも間に合わず、全てのヒト科の生態環境を根こそぎ変えてしまいそうな、そんな何かが、もうそこまで来ているような予感がする。  
  
 ホテル・サクラのテンペスタは意外に早くやって来た。

第Ⅵ章 レミングはもう移動しない 1.霧の壁

 ロ-マは小さな都市である。その事には最初、気づかなかったがロ-マは建物があるのはせいぜい直径9~10Kmの円状の範囲であり、その外側はすぐに牧草地や田園などの緑地である。都心から郊外まで小さな町・小さな家がダラダラと続く日本の都市風景とは異なり、スッパリとケジメがあるのが
いい。都市周辺の振興住宅地も、当然のように機能と景観が総合的に設計され、そのあたりの美しさに民度の差のようなものを感じる。  
 私の娘が七才で四年ぶりに日本に里帰りし、その時の印象を語ってくれた事がある。  
 「パパ、日本のお空にはクモの巣が一杯」・・  
 はじめ、何の意味だかさっぱり分からなかった。それが日本人の生活圏を埋め尽くす電線の類だと気づくまでには、ずいぶん時間がかかった。人間の感覚とは恐いもので長年そんな環境に慣らされた私の感覚では気づかない。確かに、ヨ-ロッパではどんな小さな町でもこれが無い。ロ-マの建物・居住区を綺麗に感じるのはこんな効果もきいているのかも知れない。そんな違いはこの地で育った子供の目には見えても、その環境に飼い馴らされた目には見えない。  
  
 やや起伏があるそんな田園風景の中を、ロ-マを環状に取り巻く高速道路がある。この道路・Raccordoから放射状に東西南北・イタリア各地に高速道路アウト・ストラ-ダが出ている。逆に見れば、全ての道路はロ-マに続くという言葉がスンナリと理解できる。ロ-マ市街地はともかくも、ここまで来れば、スム-ズに出入りできるのがよい。  
 ロ-マからの車の旅はそう言う訳でいつも、環状自動車道・ラッコルドを廻ることから始まる。ここから北に向かえばフィレンツエを経て更に北に、東はイタリアの背骨・アペニンを越えてアドリア海側へ、西はティレニア海に沿って北上するそれぞれの高速道路につながっている。そして南に向かえばナポリを経てバリ・タラントや、メッシ-ナ海峡を経てシシリ-島の方向へ高速道路は延びている。イタリア国内を縦横にはりめぐらされた高速道路網のおかげで、私はこの国の大部分を走り尽くしている。  
  
 だが地勢・自然環境が多様なイタリアで、自動車道路を高速で走っている時には油断は禁物である。天候・気象の突然の変化に驚かされた事も、度々あった。真夏の雹、想像を絶する大粒の雨、シロッコ(サハラ砂漠から来る黄砂のようなもの)、熱風、濃霧、等々中でも極めつけは、穏やかな晴天の日に出くわした突然の濃霧である。日本人が持つ霧への一般的なイメ-ジでは「だんだん濃くなってゆく霧・・」とか「霧がだんだん晴れてきた・・」というように、霧という自然現象は徐々に推移・変化するものである。  
 ここイタリアに来て私は何度かこの先入観を破って、晴れた場所から突然に濃霧の中に突っ込んだ経験がある。それも高速道路で、である。入口までは晴天だったのに、トンネルを抜けると濃霧であった・・という具合の現象は冬季・北部イタリアでよくおこる。そのために、しばしば大型の交通事故となり報道されているのをよく目にする。予測できないがために、とっさに身の処し方が分からず人々はうろたえてしまう。それも150~160キロの高速で車を運転している最中の事である。  
  
 私の最初の体験は、めったに霧が出るはずのない高速道路2号線で南に向かう途中で出会った。  
 仕事の関係でナポリには頻繁に車で行っているので、この高速道路の事情には精通しているつもりでいた。  
 その日もナポリに向け、ロ-マの環状線ラッコルドを廻り穏やかな晩秋の青空の下をいつものように、その日の風景に合うミュ-ジック・テ-プなどかけて軽快に車を走らせていた。第2次世界大戦の末期、ドイツ軍がたてこもったモンテ・カッシ-ノを通り過ぎたあたりで、前方に、突然、真っ白い壁が道路から立ち上がっているのが見えた。  
 後で思い返せば、高速道路に巨大な氷河か大雪丘が、いきなり横たわっていたようなものだ。なだらかに下る道路は、真っ直ぐにその中に突っ込んでいるのだ。一瞬とまどったような気もするが、すぐさまブレ-キを踏みスピ-ドを落としたが、たちまちのうちに壁の中に突っ込んだ。  
  
 白い闇。スピ-ドを落としながら低速車線側に寄るのが、精一杯である。フラッシャ-・ランプも点ける余裕もなく、ただ2~3メ-トル先を目を剥き出して凝視しながら走り続けた数分間が、すいぶん長い時間に思えた。そしてまた、突然スッポリと白い闇の中から抜け出した。  
  
 まとまりのよい積雲がいきなり地上から湧き上がっているようなものであったのだろう。それはいずれかの谷筋から迫り出してきたのかも知れない。  
 後に飛行機から地上を見下ろした時に、晴天なのに地表の谷筋にピッタリと雲が張り付いているのを何度か見かけたが、そんなものであったのだろう。  
 いずれにせよ、その中で事故に会わなかったのは幸いである。ナポリに着いて、そこで大きな事故が起きた事を聞いた。  
  
 このような想像外の出来事も、それが天候・気象であれ、文化・風土のショックであれ、一二度体験すれば身構え方も分かる。だが、一番最初の時の衝撃は大きい。大惨事はこんな時に起きるのだろう。とりわけ、こちらが高速で突っ走っていればいる程、恐い。  
 さて今の世、我々人類が進んでいる道の先には、もっと恐い霧の壁が立ち塞がっていたりしないだろうか。そこに我々人類は高速で突っ込んで行っているような事はなかろうか。「人類」という言葉を使えば他人事の気がするから、もっと身近に表現すれば、私達の人生の先には私達の予想を越えた現
象・異変、もっと恐い霧の壁が立ち塞がっているのではなかろうか。それに向かって私達は何も知らず高速で突っ走っているのではなかろうか。  
 カモの群もムクドリの群も決して適応できないような環境変化が、すぐそこで待ち構えているような予感がして止まない。

2.FAO

 ForiImperiali通りからGregorio通りへコロッセオを廻り込むように、右側にフォロ・ロマ-ノとアドリアヌス門を見ながら通り抜ける。気に入りの帰宅のル-トだ。古代ロ-マの中にいるような気持ちになる。二千年前のいつか、この風景の中でこのアングルから夕暮れの空を眺めていた男もいたかも知れない。どんな男だったか・・・・などと、この地点にさしかかるといつも同じ空想が思い巡ってくる。  
 PortaCapena広場のところで例のごとく左に折れてカラカラ浴場の上の道に抜けるのだが、その前で何故かいつもチグハグな気分になる。正面の松林の中の白い建物、FAO(国連食糧農業機構)本部の建物である。この場所にこの風景だけはいただけない。このデザインにはいかにも第2次世界大戦直後のアメリカのにおいがする。国連・FAOの設立の歴史からみて、当時のアメリカの息がなんらかの形でかかった建物であろうと思うが、定かではない。  
  
 さてこのFAOである。ここには日本人スタッフも多く、友人・知人も多い。ここの資料室には国連の各種統計があり、身分さえ証明すれば誰でも閲覧・利用できる。まじめにそれらのデ-タを調べれば、今、地球上で起きているオドロクべき事実に多々触れることになる。そんな事実など気を付けてさえいれば、昨今のマスコミの隅には必ず一つや二つ伝えられてはいる。  
 だが昨今のように、あまりに情報過多の環境に慣らされると私達の感覚はマヒしてしまい、何が重要なのか・何が本質的な問題なのか・自分達にどう関係するのか等々、事の重要度さえ分からない。ややもすると、一部の人の特殊な価値観や他人の騒ぎの様に報道されたり、また見る人もそう思ったりする。さらに報道騒ぎがおさまれば事の本質は何ら変わってもいないのに人々は忘れ去ってしまう。
私も含め、人間の感覚とはこんなモノのようだ。  
  
 だが驚きと怖さを秘めた客観的な事実を、自らデ-タを調べ・分析して自ら気づいた時・確認した時のインパクトは大きい。私はこれまで自分の経験、仕事や趣味の活動を通して感じてきた事を確かめたかった。それを今、ここで自分が関係してきた各種分野の資料とFAOの資料で確認し、大きな衝撃
を受けている。それは人類の将来と地球全体に関わる事である。現在地球環境問題が流行りであるから言っているのではない。たまたま、自分が携わってきた自然保護の活動の延長上にある問題と、仕事を通して関係したエネルギ-・資源の問題や技術の開発と人間社会の発展の問題、さらにヨ-ロッパはじめいろいろな民族・社会との交流を通して感じる人間の文化や幸福の意味などを総合した危惧である。  
  
 それらは私の中で、これまでは全く別個の分野、つまりそれぞれは趣味や仕事などで互いに関係なく独立した世界であったが、全ての生命が住む環境・地球の将来の問題として見た時、全ては共通の課題である事を知った。そして現在に生きる人間・一人一人が負うべきこの命題は、それぞれの分野が独立したままでは対応できない事が分かってきた。そして自分自身がたまたま、それらの分野を浅くではあるが一渡り歩いてきた数少ない立場の一人である事に気づいた。そんな自覚のもとに、FAOの資料などで問題の大きさを確認するに至って愕然としているのである。  
  
 私はこれまで野鳥や自然の保護活動をボランティアでやってきた。また、たまたま私が、I.E(IndustrialEngineering)やO.R(OperationsResearch)といった経営管理の技術分野で仕事をしていた関係で、野鳥や自然の実情をこの技術分野の手法で調査する事を考えつき実行してきた。  
  
 つまり野鳥や自然の実態(例えば野鳥の数や種類など)を定量的に調査・分析したり、それと気象や社会的な諸条件との関係を解析したり、あるいはそれらの結果を基に将来に起こり得る諸問題を予測したりする方法を提案し、多くの仲間達とフィ-ルドで実践研究してきた。(財)日本野鳥の会で以前
テクニカル・チ-ムというグル-プがあったが、それもこの一部である。  
  
 さてその活動の当初、私にはそもそも自然保護活動なるモノが意味有りか、どうかを調べてみる必要性があった。単に私が自然好きという理由だけで、そんな社会活動を本気でやるつもりではなかった。そこである県の土地面積の目的別利用状況(例えば、自然林、改造林、農地、市街地、産業用地、道路等交通用地、等々)の推移と、地域経済指標、生活指標、人口などの社会指標の推移について、大戦後から30年間のデ-タを採って調べてみた。この結果は、私に大きな示唆を与えてくれた。  
  
 結果を端的にまとめればこうだ。人口の増加率は戦後一定の上昇期間の後、減少してきたが人の生活指標と経済指標は限りなく増加する。自然林の減少は、人の生活指標向上や経済指標向上など社会指標と反比例して進行する。  
  
 つまり、人々が物質的により豊かになることを希望する限り、生産や社会資産転化のために土地の利用は必要で、自然林が減少し続けることは避けられない。例えば、誰も狭いアパ-トに住むよりは庭付きの広い家を望むし、狭い道より交通渋滞のない広い道路を望む。豊かな生活には電気も車も建設資材も必要だ。高い果物より、安くておいしい果物が沢山あった方がいい。  
  
 自分も自分の家族も、そして誰も皆、生活は豊かな方がいい。これが福祉社会の目指す方向だ。こんな事実との関係を考えず、独立的に自然林を切るな、自然を守れという論理にはどこか矛盾がありすぎる。  
  
 だが、人間の豊かな生活に対する欲求が、このまま同じ傾向で続くなら残存する自然林は私の世代で消失してしまう。私は自然の実状については定量的に把握する方法を考えたが、その価値を定量的に表現する方法は分からない。私のような自然好きな人とは全く価値観を異にする人もいるし、又それは時代によっても大きく異なるだろう。現在に生きる人間の価値観と200年後の人のそれは大きく異なる事は間違いない。さらに自然、自然生態系は一旦消失したら再現がむずかしいし、「種」が消失すれば恐らく再現できない。200年後の人類もこの自然を享受する権利があるとすれば現在に生き
る人間が自らの価値観だけで自然を消失させることは、歴史的な視野でみれば犯罪である事は間違いない。  
  
 こうなればまたパラドックスである。野鳥や自然の保護活動など、もっと単純にやればよい。バ-ド・ウォッチングかなんか皆で楽しんだり、あるいはテクニカル・チ-ムなどで若い連中とまた無人島の探検調査や海外調査の協力などを通して啓蒙活動やるだけでも十分ではないか。パラドックスは続く・・・・。だけど根本問題は、事の本質は、誰が考えるのだろう・・・。  
  
 そのうち、近年になり残存自然林の減少傾向は著しく鎮静化してきた。それにこれはプロの課題だ。私なんぞたかがボランティアのアマチュア活動家だ。プロは凄い、なんとかなる。私は鳥の写真かなんか撮って楽しみながらやってればいい。私が力む事は何もない、肩から力を抜いて楽しめばいい。  
  
 この判断は誤りだった。近年になって日本国内の残存自然林の減少傾向が出てきたのは外で、つまり国外で森を切っていたからだった。確かに私達の生活は向上し続けきたのに、ツジツマが合わないはずだ。日本のプロ達も、あまりアテにはならない。せいぜいオラが村の森だけを見て世界を見てないのではなかろうか。マトモなプロならもう何処か、東南アジアか南米の森に出掛けて何か始めているはずだ。  
 いろいろな世界いろいろな業界を見てきたが、今の世にプロだと名乗る連中にロクなヤツラはいない。せいぜいムクドリの群をつくって重箱のスミでもつつきながら内部抗争でもやっているのではなかろうか。現に今の社会の諸問題を見れば分かる。それぞれの分野でプロが寄ってたかって、やってく
れてる結果がこうだ。ムムム・・・それともプロ・専門家・スペシャリストにはやれない理由があるのだろうか、今の世の中は・・・・。  
  
 話を戻そう。FAOの国連統計資料から前記のモデルを世界規模で調べてみた。結果はすでに、多くの人々や機関が言い続けている事と同じであるが、ただ自分の手でデ-タを収集・分析し、自分の関係する視点から課題を追った結果がそれらと一致した事がショックだった。  
 ある島に鹿が住んでいる。仮にその固体数を400匹としよう。毎年の気象条件により繁茂する植物の量、すなわち島の基本生産量は若干変化し、それを食べて生きる鹿の数も若干増減する。だが鹿の数はどのように気象条件がよくなっても二倍、四倍、八倍と増加してゆく事はない。なぜなら島の面
積が一定、有限であるから餌(植物)の生産に見合った個体数しか島は収容できない。そのために鹿の側にも、繁殖や闘争などの行動、あるいは幼獣・老獣等や冬季の死亡率などで個体数を適切に調整・維持するためのメカニズムが働いている。これは人間でいえば経済・政治・社会の調整機構だ。  
  
 今、地球上の人間の数は二倍、四倍、八倍、と指数的に増加している。人間が繁栄・増殖できる「技術」を身につけたからだ。だが、人間は増え続ける個体数(人口)を適切な数に制御するメカニズムを今のところ持たない。  
 また生産量を増加する「技術」を身につけたが、それに対応する個体数(人口)の適正なレベルさえ分からない。さらに地球上の全ての生物の中で人間、つまりヒト科の動物だけは世代当たりの資源消費量を、世代が代わるごとに増やし続けている。他の動物はよりよい生活を求めないし生活レベルの向上を求めなが、人間だけはますます資源を消費を増やしてゆく。  
  
 かくして、人口は指数的に伸び続け、一人あたりの消費資源も指数的に伸び続けている。だから人間全体が消費する資源の量はもっと急激な指数カ-ヴで増加し続けている。  
  
 だが、地球の表面積は一定である。基本的には島に住む鹿と条件は変わらないのであるが・・・。もしかして人間が必要とする面積は地球表面だけでは足りないのかも知れない。客観的に神の目で見るならば、いやもっと単純に生態学的視点で見た時に、人間のこの異常な繁栄・増殖は一体いかなる意味を持つのか、そこのところが分からない。  
  
 指数的に増えつづける人口と指数的に増えつづける人間の資源消費が地球環境問題の根源である。酸性雨、CO2、環境汚染、自然破壊・・等々は、しょせん、この根源課題の表象的な現象に過ぎない。この根源課題に目をつむり個別の課題を論ずるのはオロカなことではあるまいか?  
 今、騒がれている地球環境問題の基本的課題は全てココのところに在ると思うが、最も重要な点・注意を要する点は、人間がからんだ全ての問題が指数的に変化している事だ。そんな人間の動きは一向に変わりそうにない。  
 だから嵐は、意外に早く来るかも知れない。

3.パラドックス-1

 ロ-マの時代に造られたアッピア街道は、フォロ・ロマ-ノから始まっていたはずだ。現在保存されているロ-マ時代の街道はサン・セバスティアーノ門の辺りが起点になっているが、遺跡保存・観光を兼ねて実用上、今も利用できる。この街道は南に下りイタリア長靴のカカトの部分、ブリンディッシュまで続き、その先は一旦、海路を経てシルク・ロ-ドへと続いていることになっている。  
 さてセバスティア-ノ門から街道を先に進むと狭い道の両側にいろいろな遺跡の断片が見えてくる。人物彫像、壁面装飾、番小屋らしきモノ、多分ノロシ台と思われる石材・レンガを積み上げた構築物、現在も誰かが住んでいる住居跡等々、両側の傘松並木や周囲の牧場風景と相まって、この道を車で
ノンビリ通り抜けるのは楽しい。気を抜きすぎると道の所々に当時の敷石が残されているため、車が大きくバウンドし慌ててしまったりする。敷石には当時の荷車の轍の跡が深くクッキリと、刻み込まれている。  
 この遺跡道路はアッピア・アンティ-カと呼ばれ、日本の観光客にはあまり知られていないル-トだ。交通量も少ないし、車を降りて歩くと空が広く見えるところがいい。遺跡の断片を眺めながら、文明や技術などについて想いを巡らせながら散策するには最適だ。だからここには日本からの来客でも、そんな人だけを案内する事にしている。  
  
 ロ-マ時代の水道橋遺跡を近くから見れる、というより直接手に触れる事ができるのはロ-マでもこの辺りだけである。道路脇の草垣を乗り越えて牧草地を2、30メ-トルも歩いた傾斜地から何故か水道橋が始まっている。  
 二千年前の土木・建築技術は堅固なもので、現在まで何の破損部分もない。  
 この分野の技術としては現在のそれと較べても遜色のない完成度の高いものである。  
 その当時の日本は弥生時代であるが、その遺跡で見られる技術は、人間の生活に最低限必要な食や住に直接関わるものである。だが、ロ-マの遺跡で見られる技術は人の生活の必要条件を越えた、より豊かに安定した生活のため、あるいは生活を楽しむための、いわば人が生きてゆく上では十分条件としてのものだと思われる。  
 こうして見ると文明とは、動物としての人間が生きてゆく上での必要条件を越えた部分、すなわち豊かさ・楽しさ・安定・快適さ等を求めてゆく過程であると言えるかも知れない。そしてその具現化を保証するのが技術であると考えてもよかろうか。  
 だが、このところその文明があやしい。将来を予測すれば、人間が生きてゆく上での必要条件さえ危ぶむ観測もある。人間の生活の豊かさ・楽しさ・安泰・快適さ等を求めてゆく過程に何か間違いがあるのか、あるいはそれを具現化する技術に問題があるのか、はたまた豊かさ・楽しさ・快適さを追い求める人間の属性そのものに問題が出始めたのか・・・何かに、どこかに歪みが出てきたのかも知れない。  
  
 日本企業が少ないロ-マで民間企業の駐在員をやっていると、いろいろな分野からの来客にめぐり合えたり、知り合えたりする幸運がある。  
 このところ大学や研究機関からの来客も多く、知り合いになれる度に新しい知見が得られるのは役得のようなものだろう。だがこのところ、その目新しさが妙に気になり始めた。中には名刺をもらっても、  
 「ほほう・・・、して、これはいかなる分野を対象とした学問ですか?」  
と、確かめなければならない程、最近では科学や技術の分野は複雑になってきたようだ。  
 この複雑化の過程を分類してみると、だいたい以下のパタ-ンになりそうだ。  
  
①専門分化:スペシャル化ある科学なり技術なりが発達するという事は、巨大化・複雑化・高度化するという事である。その対応の手段は科学・技術の分業、すなわち専門分化である。(細分した多くの)部分を集中的・専門的に発展させ、その結果を総合すれば全体としては飛躍的に発展することができる。この過程で専門分化した部分は新たに独立した分野を形成する。  
  
②組み合わせ:コンビネーションある科学・技術が発達し、その成果が全く別の分野に波及し大きな効果をだす。例えばコンピュタ-技術の発展はあらゆる科学・技術の飛躍的発展に寄与している。この過程で、例えば設備の制御技術など各種の分野でコンピュ-タ-の応用技術分野が誕生している。  
  
③相乗化:マルチ化ある科学・技術が例えば②のような形で発達しその成果が更に、もとの科学・技術を飛躍的に進化させるといったケ-スである。たとえばマイクロ・コンピュ-タ-の制御技術がコンピュ-タ-の素子の新素材の開発・製造やその精密加工を可能にし、その事が又コンピュ-タ-の性能を飛躍的に向上させるといった図式が成り立つ。  
  
④間の子新生:ハイブリッド化  
高度に発達した全く異なる分野の科学・技術の組み合わせから、従来にはない新しい科学・技術が生まれるケ-スで、世界を一新するような変革を生み出す可能性をもつ。例えば、分子生物学(これ自体、ハイブリッド分野であるが)とマイクロ制御技術の間の子として遺伝子工学(バイオ・テクノロジ-)が生まれたように、多くの分野に変革をもたらしているのは皆このタイプである。SSC巨大加速器、
TER核融合、宇宙開発、ヒト・ゲノム解析などのビッグ・サイエンス(巨大科学)と呼ばれる、世の中に変革をもたらすような科学技術も全てこれである。  
  
 以上のパタ-ンは科学や技術に限らない。文化や社会生活のあらゆる分野に波及している。だから現在に生きる人なら、誰も身の周りで大なり少なり必ず思い当たるはずである。かくして世の中は多様化する。しかも多様化した全ての部分・分野は、それぞれに加速度的に変化・変態してゆく。  
 これら個々の分野は、あたかも一つの生き物ででもあるかのように、自己発展・自己増殖して指数的な進化を遂げつつある。  
  
 今、手元にこの2、30年間の科学技術の発達を示すデ-タがある。基礎科学も応用科学も、工学・医学・あらゆる科学技術の指標の全てが指数的に変化している。この結果、経済も文化も全ての社会システムが指数的に変化してきた。おかげで、私達の暮らしも飛躍的に向上し、量的にも質的にも豊
かな生活を享受している。だが人々は更に大きな恩恵が、更に目新しい事が享受できる事を期待して止まない。勿論、世界中の人々が、である。  
  
 その総合的な結果として・・・・・・  
  
 世界の人口は指数的に増え続け、人類の資源消費量が指数的に伸び続けている。人間以外の生物ならば、消費資源は完全にリサイクルされ再生産に直接結びついている。排泄物も自らの死骸まで有機物のまま、ムダなエネルギ-を一切追加消費する事なく効率的にリサイクルされる。だがヒト科の動物の資源消費は大量漸増消費だけでなく、リサイクルの効率が甚だ悪い。時にリサイクル不可能な排泄物(廃棄物)まで排出してしまう。このタイプの生物が面積一定の地球上にいっぱいはびこれば、地球が長持ちするはずがない。  
 これが地球環境問題の本質であると私は考えている。  
  
 人間以外の生物社会で、個体数が指数的に増加した例は少ない。旅行バッタやレミングのように「種」としての清算を後で行う例を除いては見当たらない。彼等は大増殖の後、自滅のための大移動・渡りを始め、やがて海や砂漠に至って自滅する。  
 バッタやレミングの大移動は「種」の固体数制御(「種」維持の為)の、さらには生態系全体を健全に維持するための自己制御のシステムである。人類も問題の文明システムの中で、個体数増殖のシステムと同時に個体数制御のシステムも一応は準備されている。大量破壊兵器!だがこのシステムは
自己制御のシステムではなく「系」全体をも破壊し尽くす。だから生態学的な観点からは健全なシステムではない。それでは他に、「種」の内部的な自己制御システムが人類には有り得るのだろうか?  
 多分、答は’No’であろう。その第一の理由は、この人類の爆発的な増殖・発展を基礎づけている科学技術の個々の分野が全体系の調和を図りながら自己制御でき得ないからである。  
 例えば医学の分野、彼等は人の命を救う事・人を病の苦しみから救う事を人の社会から求められる究極の命題だとして活動している。その成果あって多くの人々が救われ、世界中の人々が皆健康で長生きできるようになった。  
 だがその結果、世界の人口が増えすぎて、まさか地球の「系」の存在が危ぶまれるような状況になるとは思いもしなかった。また仮にそれが分かったところで、彼等は活動を止める事はできない。なぜならまだ病に苦しむ人々がいるし、人々は不老・不死を願ってやまないからである。  
 例えば生産の分野、彼等は世界中の人々が求める便利で快適なモノを供給し続け、人々は生活が豊かになり幸せになってきた。だがその結果、地球の資源の枯渇や環境破壊が起きようとは夢にも思わなかった。また仮にそれを知ったところで、彼等は活動を止める訳にはゆかない。なぜなら、世界中にまだそれを求めている人々はいるし、すでに持てる人々もさらに目新しいモノを求めているからである。  
  
 どこにも悪意はない。人々が求める至福の社会をめざして、人間の諸活動は動いている筈である。だが個々の分野の活動の速度が速くなってきた今、それらを総合して人間社会全体を見渡し、調整する機能が弱いところが問題なのだ。  
 各部分の最適解の総和が全体の最適解にはならなくなった。いかなる分野も個別に見れば全て善意に満ちた健全な活動であっても、今や、全部を集めてみたら人口も増え過ぎ、資源消費も増え過ぎ、あげくのはて自らの生存環境さえ危ぶまれる事態になってきた。こんな状況のもとでは明日は見えにくいのである、見えないのである。  
  
 「木を見て森を見ず」という諺がある。この諺に例えるならば、木は個々の分野であり、森は人間社会の全体系である。今や個々の分野でさえ複雑・多岐になり、この限られた分野だけでもややもすると目がゆき届かない。いわば「一本の木さえ複雑に枝を張り枝葉も輻輳してきたので、木を見る人は
森など見えるはずがない。新たな木が次々に生まれ、生い茂ってくる。森を見る気になっても木が邪魔で、森全体など見えはしない。」という状況であろう。  
 こうなれば個々の分野は全体を見ず益々内部を指向する。益々スペシャリスト化して、部分最適化にドライヴをかける。新しいこと、新しいもの、を求めて先端・先頭を走りたがる。ホシムクドリ型の群を形成し、内部に摩擦が起きようとも部分だけの目的を達成しようと飛びまわる。あちらでもこちらでも、大きな群、小さな群、群の中の群、もうじき空は一杯で混乱の極みに達しそうだ。限りなく部分最適を求めて、個々の分野は暴走する。  
 将来の私達の社会の全体系の姿がどんなカタチになるのか、誰も想像もつかなくなった。どうやら変形怪異な怪物・マモノになりそうだ。  
  
 以上の現象は社会全体のスケ-ルで進行しているようだ。科学技術、政治・経済、産業・企業経営、社会的諸活動、個人生活、文化・・・等の全てで、社会の大きな部分でも小さな部分でも、組織の上でも下でも、相互にに関連しながら・・・・。もうすでに暴走は始まっているのかも知れない。  
  
 今やヒト科動物はフシギな大繁栄・大増殖の過程に在る。

4.パラドックス-2

 ドア・ベルを押す人がいる。下の門のチトフォノ(インタ-フォン)がなかったから、このパラッツォの人に違いない。が、念のためにドアの覗き窓から見てみると、知らないヒト。だけど、か細い女の人だから危険はあるまい。  
  
 彼女は私の目を見据えて、静かにだが力強く自信に満ちて語り始めた。新興宗教の勧誘(布教というべきか)である。外国人である私が理解していようがいまいが、彼女は語り続ける。この手の訪問者には、イタリア語が全く分からないフリをするのがよい。彼女は深い失望の表情を見せて、お向かい
の家に向かった。  
 この間、分からぬフリして話しを聞いたが、要は今の宗教は限界にきていて、もはや人は救えないのだと言う。思い出してみれば日本でも沢山の新興宗教があった。  
 意味もなく存在するものはない。社会に需要があるから存在するのだ。彼女が言った「今の宗教は人を救えない」と言う言葉が妙に心に残った。  
 日本の伝統宗教もかっては人を救い、社会の心をまとめ、それなりに人類社会に機能していた筈だ。今や、その多くは儀式屋でしかない。社会に対する基本教義の解釈や伝導の方法や形式が、社会の環境変化に追随していないのかも知れない。  
  
 生命が発生して以後も地球上の環境はたえず変遷・変化し続けてきた。例えば、気候は短周期的にも長周期的にも変遷・推移している。長周期的に見れば、ある時は氷河期のような寒冷期があったり逆に温暖期があったり、あるいは乾燥したり多雨であったりの変遷があった。周期を小さく見ても季節の変化があり、その季節毎の天候も年によって違いがあるように、気候的な環境は変遷・推移してきた。  
 このような環境変化に対して、生物生態系は適応と淘汰を繰り返し「系」として存続してきた。すなわち、環境変化に対し移動や渡りなどで対応したり、食性を変えたり、皮下脂肪や羽毛を変化させたり、自らの行動や生理を対応変化できた「種」はその後も存続・繁栄できたが、対応できなかった「種」は淘汰されこの地上から消えていった。  
  
 さて現在、我々人類の生息環境・社会環境の変化は激しい。それも多様にかつ速い速度で変化し始めている。しかもこの急激な変化は、我々人間自身が創り出しているところに特殊性がある。自らが創り出した環境変化に淘汰されぬように適応のカタチを創り出すというパラドックスから、脱却でき得
るかが人類の今後の命題である。  
  
 アフリカの飢餓が今日もTVで放映されている。飢えた人々の群れ、中でもつぶらな目をした子供達の姿は見るに耐えられない。なんとしてもこの子達を救ってあげなければと思う。ロ-マの街でも多くのグル-プが救済キャンペ-ンをやっているし、新聞・雑誌によれば日本でも各種の慈善団体が募
金活動をやっているようだ。今朝も銀行の窓口でユニセフのキャンペ-ンを見て募金箱に私もいくばくかの金を入れさせてもらった。だが、こんな時にいつも心に迷いが起こる。これは正しいのか?  
 人間社会を生態学的な視点を通して見ると、こんな行為には大きな誤謬があるような気がする。手元にFAOの最新の人口統計がある。このデ-タによると飢餓の当該地域の人口は1975年から1990年までの15年間に80%増加した。人間社会以外で、つまり自然界で個体数がこれほど急速に増加する例があるだろうか?その地域の人々の平均寿命を仮に50才とみて、一世代50年間当たりの増加率を換算してみると、この指数的な増加傾向の異常さが誰の目にも分かる。  
  
 また生態学の基本に戻って考えてみる。ある島(当然、島の面積は常に一定だから)の中に棲めるシカの数が概して一定で、やたらに増え続けられないのと同様に、この国・地域を仮に一つの島と見立てれば、このような個体数(人口)の指数的な増加には何かの矛盾が感じられる。  
  
 人間が最初に手にした技術の一つが食糧生産技術であったろう。だがその技術で生産する食糧は植物(農産物)や動物(家畜)であり、土地が必要である。シカが食べる植物の生育量が島の面積で決まるように、ヒトの食糧生産もしょせん地表の面積で決まる。気候で決まる面積当たりの生産効率は島のシカもヒトも同じ条件だ。仮に技術的に生産性を高めるとしても、この指数的な人口増加に見合う大地の生産性を上げる技術開発が可能とは誰も本気で思ってはいないのではあるまいか。さらに、利用可能な地表全部をヒトのの食糧生産に当てる訳にもゆかない。農地とて気候や地勢を含め周辺の自然との生態バランスを無視しては成立できないのだから。  
 現実に人口が増えすぎた地域では、農地周辺の自然も燃料採取の為に木が切られ、疲弊した農地・放牧草原とともに、地表の砂漠化に拍車をかけている。  
  
 島に何世代も安定的に棲み続けるシカの個体数が概して変わらぬように、基本的には人間もその土地環境の収容能力に見合った人口で何世代も生きてきたのではなかろうか。他の自然と同じように時には干ばつで飢餓があって少しは人口が減る事もあったかもしれないし、次の年には豊かな恵みにまた人口も回復したかもしれない。彼等の生きる環境に合った、彼等が生きのびるための、彼等の知恵と文化があったに違いない。  
  
 何かを訴える澄んだ・つぶらな瞳・・・・「かわいそうに・・・何とかしてあげなくては・・・・。」  
 もしかして、地球上の全てをダメにするのは、こんな慈悲の心と科学技術かもしれない。  
  
 毎日TVに放映される飢餓のニュ-ス。私と同じ一人の人間として、この世に生を受け、生の歓びは何も知らず子供のまま飢えたまま生を終える人生があるとすれば、悲しい。  
 今やリビング・ル-ムにいて、彼方の国の悲しみをリアル・タイムに知ることができる。科学技術とは本当に素晴らしいものだ。そして私達は慈悲の心をマス・メディアを通じて参集させ、彼等に食糧と医薬をはるか離れた国々から、すぐさま航空輸送することができる。そして、彼等は救われた。  
 過去、先進国の人々は何度、そのような愛の喜びを分かち合ってきた事だろう。いかに多くの小さな命が救われてきた事だろう。人の命は地球より重い。慈悲の心も人間の欲求の一部だ。  
  
 現代科学技術は人間のいかなる欲求の実現も保証してくれるまでになってきた。遙か離れた彼の地の事情を知りたければ、情報技術はスイッチひとつで伝えてくれる。彼の地の苦しみも悲しみもワン・タッチのスイッチがたちどころに運んでくる。その耐えがたい悲劇に、すぐさま愛の手を差しのべて、彼等を苦しみ・悲しみから救うこともできる。  
  
 かくして飢餓の地の子供達は救われた、多くの人々の生命が救われた。そして彼等はまた、多くの新たな生命を育む。人口が増え環境はますます傷み、再び飢餓が始まる。先進国の人々は再びTVを通してその悲劇をたちどころに知り、慈悲の心と科学技術で愛の手を差しのべる、メデタシ、メデタシ・
・・・となる。どこまで人々は繰り返すのか。  
  
 だが、この人間社会の美談は、生態学的な長期的な視点・幅広い視野から見れば、決してメデタシ、メデタシではない。そこで救われた筈の人々の将来のより大きな悲劇を創りだし、さらには地球上の状況を一層悪化させているだけの事である。将来、人間の生命や尊厳が軽んぜられ疎んぜられるようにならざるを得ない状況を、この世代の目先だけの善意で造りだしているだけの事である。  
  
 科学技術は人間の営みを、神の意志・自然の意志から離れ自律的に存在でき得るようにした。これは全ての動物の子が親から独立し自立する時の状況に似ている。だがヒトの子はしばしば身体は自立できても、心がいつまでも自立できない事がある。  
 文明発生以来、人類は自らが変えてきた環境に合わせて徐々にではあるが人類の心、すなわち価値観・倫理観・宗教観を変えてきた。それを基に社会規範を変えてきた。社会の組織も制度も、そして個々人の生活の様式や幸福や歓びのカタチまで環境変化に順応・適応させてきた。  
 だが、概して人の心の変化は環境変化にずっと遅れて起こる。人の心は本質的に変化を好まぬもの、保守的なものかも知れない。時には、環境変化との落差が大きくなり過ぎ、宗教改革のような大変革もあった。こんな歴史はどこの世界にも共通だ。人間の心、価値観・倫理観・宗教観はそう簡単には変われぬものらしい。  
  
 ましてや現在のように、急激に環境変化が進行している時代にはこの落差はもっと大きいだろうし、多様化した社会のあらゆる分野・あらゆるレベルに及んでいるかも知れない。  
 社会の急激な変革にココロの変革が追いつかない。ココロを指数的に変革する事は余程の破局にでも遇わない限り難しかろう。人類は行動を自然や神の意志から自律的にやれても、心は自律的にはなれないようだ。  
  
 島に棲むシカに限らず自然界で動物の個体数が何かの原因で増え過ぎた時、種内の闘争や渡り・大移動などが究極の数の調整機能が働く。人間が同じようにやれば、それは内乱や対外戦争である。自然界ではこのような破局が生じないように、繁殖率の低下や越冬時の死亡率上昇などの事前の自己制御・調整機能を持っている。現在の人間の慈悲の心と科学技術は、この自己制御機能を好まぬらしい。将来の破局・大きな悲劇を理性で考える前に、目先の出来事に感情だけで行動する。彼等が大人になったらもっと大きな不幸がやって来る。互いに闘い・殺し合う、そんな破局が見えたとしても、今この慈悲の援助をやれずにおれない。今日の善意が明日の不幸、それも数十倍も利息が付いた不幸を創りだす・・・・・と、そんな結果になってしまいそうな確信じみた思いが止まない。  
 現に、今でさえ地球の砂漠化も地域紛争もそんな場所で起こっているではないか。  
  
 世界を現実に変化させている人間の科学技術、その科学技術自体も今後どのように変貌してゆくのかも分からない。それが変えてゆく環境変化に、それを利用してゆく人間の心がついてゆけない。  
 人々を幸せにする筈のものが全てをダメにする。あげくの果てに地球まで・・・・・。このパラドックス、この落差・矛盾は地球規模の課題から個々人の生活や人生規模の課題まで拡散しているのではなかろうか。  
  
 新興宗教の布教に来てくれた女性の悲しそうな表情がしばらく脳裏から離れなかった。