4.ブラッチア-ノ湖のカモの群

 ロ-マの50Km北にブラッチア-ノという湖がある。空路でロ-マに入る場合、飛行機がロ-マ空港への着陸体制にはいってすぐ左側の窓の下に、この湖が見える。明らかに火山が起源である。火口湖に独特の丸い形と、そこから流れ出した溶岩が造った深い谷筋が西に向かって幾筋も走っているのがよく見える。  
  
 地上から車で行くとそのような地質学的なダイナミズムは何故かほとんど見えず、なだらかな丘陵に囲まれた静かな湖があるだけだ。湖の周辺の丘陵地はブドウ畑かオリ-ブで水打ち際には葦原も見られる。湖畔には小さな町がある。まず湖の西側にこの湖の名前のとおりブラッチア-ノという旧い城
が中心にある町がある。城は博物館になっていて見学することもできる。この町の一角には日本人彫刻家のO氏夫妻が住んでいる。人間味のある町だという。いつの日か私も静かに住んでみたくなるような町だ。  
 湖を一周する道路を北に巡って行くとアングウイッラ-ラ(Anguillara)という村がある。イタリア語でアングウイッラ(Anguilla)がウナギの意味であることから、私の子供達はここをウナギ町と呼んでいる。実際、ここには生きた淡水魚を売る魚屋が2~3軒あり、マスや鯉などに混じってウナギも売っていた。試しにウナギを買って、家で開いてカバヤキにして食べた事があるが、脂が強くのりすぎていたので、これは養殖物だと思う。だけど、村の名からして川を遡上したウナギがこの辺りで、かっては沢山とれたのかも知れない。  
 この村から対岸を見てもはっきりとは見えないが、その辺りに航空博物館がある。ひなびた湖に航空博物館とは、いかにもそぐわない話しのようではあるが、かってここには水上飛行機の基地があった。この博物館は今も空軍が管理し、身分証明書を提示するだけで入ることができる。第一次大戦から第二次大戦の間の水上飛行機華やかなりし時代の、例えば二つのフロ-トをつけたマッキの競速機など、往年の名機の実物がズラリと展示されている。  
 日本の観光ガイドには出てないが、マニアであれば垂涎の代物ばかりである事は確かである。  
 このすこし東にもう一つの町、アントレビニャ-ノがある。夏はバカンスの人達でごった返すが、他の季節は本当にのどかで静かな町である。ここには赴任当初、家族でよくカモを見にやって来た。  
  
 当時、娘の優理はまだ4才、息子の理知は6才でエサを投げるとカモ達が集まって来ては食べてくれるのが楽しくてしかたがない年頃であったし、私は私で飛んでくるカモの翼のカタチや時々やってくるハヤブサがカモを襲う様子などの写真を撮るのが、楽しくてしかたがない年頃であった。という訳で、そんな辺鄙な所に通ったものだった。  
 温和な日々であった。こんな日の湖ではカモ達はもっと東のサバツィア辺りに集まっているようだ。小さな岬をまわるとカモ達がペアでいたり4~5羽でいたり三々五々というか概して、てんでバラバラに分散して湖面に浮いているのが見える。あちこちに散らばってはいるが全体では数百羽の群である。ほとんどが体が大きなマガモだ。  
  
 時折近づいて来るハヤブサなどの猛禽に、カモ達が一斉に飛び立つことがある。そんな時バラバラだった群もある程度まとまって群飛するがその姿はけっして、あのロ-マの夕暮れを飛ぶホシムクドリの高密度に凝縮した群ではない。  
 個体間の間隔も大きければ群全体の広がりも大きい。群としてのまとまりはそれなりに保っていても、高く飛んだり低く飛んだり、そのうち分離したりで個々の動きのバラツキは大きくなってゆく。群が進む方向もそれなりに一定の方向性はあるが、それもやがては右にそれたり下に降りたりする部分
も出てくる。この大型のカモ達の群のカタチはホシムクドリのように密集型の群ではなく、緩やかに集まった離散型の群だ。  
  
 こんなタイプの群は内部的には優柔不断でまとまりがないように見えるが、逆に外部からの刺激や変化に対して群としての対応力はあるようだ。つまり群の拡がりが大きければ、探索レンジが広いレ-ダ-のようなもので、それだけ外部からの情報も入りやすい。また外部からのダメ-ジを受けても拡がった群の一部に止まり、他は回避できる。  
 自然の中でこのタイプの群は、個体が大きく強い「種」に見られるようだ。鳥でいえば、カモメやトビ、「渡り」の時のタカの群などで見てきた。  
  
 こうして見ると凝縮型の群をつくるホシムクドリが日本人なら、カモやカモメの群はイタリア人のように私には見える。豊かな生活環境に恵まれ長年の資産・資本のストックで、一人一人の誰を見ても生きてゆくのに強いイタリア人と、群全体すなわち国としては一見強く見えても個人は一人だけでは生きてはゆけないその日暮らし・その世代暮らし(世代を越えてのストックなど無いので)の日本人の群(社会)タイプの違いは生態学的に見ても納得できる。  
  
 自由度が高いゆるやかな群をなして飛び交うマガモの群は、このブラッチア-ノ湖の明るい風景に実にマッチしている。私もこの地に住んでいる間はカモかカモメのフリして生活していよう。少なくともその方がこの国の風景に合う。