〔E〕実験
ナポリには関係する会社がありしばしば出張している。そんな時、周囲の人々は決まって鉄道で行くことを勧める。ロマ-ノ(ロ-マの人)達はナポリタ-ノ(ナポリ人)をやや蔑んだ口ぶりをする。そのロマ-ノも北のミラネ-ゼ(ミラノ人)から見ればどこか信用できない連中と思われているようだ。この国の人達は何故かどの位置に在っても北側の方が南側より信用でき上品に創られているらしい。イタリア人の口ぶりを総合するとそんな調子が聞き取れる。従って一番南のシシリ-の人(シシリア-ノ)達やその対岸のカラブリア地方の人(カラブレ-ゼ)達には最悪のラベルが暗に貼られているらしい。それよりわずか北に位置するナポリには位置相応のラベルが付いているようだ。ナポリ民謡で知られている風光明媚な土地柄のナポリタ-ノにはイタリア人でも気を使う。そんなナポリにガイジンの私が一人で車で出掛ければ何が起こるか分からないと、ロマ-ノ達が気づかってくれるのである。
本物のナポリタ-ノは赤信号など省みない。対向車線、一方通行の道を逆から走って来る車、道路の中央に駐車するもの、暴走行為・・・等々。
勿論、ロ-マでも時折見かけるがその数がず-っと多く、ここではしごく普通の情景である。
ナポリにはイタリア人も足を踏み入れたくない地域がある。そこでは、老人も子供もうら若き女性も信用できないと他のイタリア人達は言う。現に少し以前、ロ-マの或る日本人がたまたまその近くを車で通りかかった。例のごとき渋滞中の交差点で窓を開けて待っているとき、10才位の少年が窓からヒョイと覗き込みサイフの入ったショルダ-・バックを掴んで逃げだした。車で追う事もできず、車を置いて追うわけにもいかず、周囲のイタリア人もただ肩をすぼめるだけ・・・・なにかの映画に出てきそうなこの情景、ここでは日常の現実だ。
私はむしろ、そんなナポリが好きだ。そんな話に、まるで野性の中にいる時のように心がおどる。私は昔から探検が好きだった。人生、何事もないより何かあった方が良いに決まってる。
で、出張は車で行く。その方がこの国を身体で知ることができる。仕事の上でもこの事は大切な事だと思っている。何でも新しい事を始める時や新たな状況に直面する場合には、耳で聞いた情報・紙の上のデ-タより、現場の体験が一番大切である。かつて工場で新技術の開発をやっていた時も、何度もの理論計算・シミュレ-ションよりも一回の実験が決め手となった。生態調査の多くのデ-タからいかなる仮説をたててみても一度は現場で検証せねば成り立たない。
という訳で私はどんな場合にも自分の身体で試すこと、自分の目で確かめる事にしている。自然の中にも人の中にも幅広く、できるだけ深く入ってみることを主義にしている。その結果、仮に自分の身に不都合が起きようともそれも教材である。新たなる一つの実験デ-タである。”Grazie milla ! ”と言わなければならない。実験はいつも成功するとは限らない。
などといって力んで行っても、たいてい大した事は起こらない。こちらは何かいい教材が降ってこないかと内心ワクワク期待しているのだが結局何度行っても何も起こらなかった。とてつもない大事件にでも出会っていたならば、それなりにおもしろいエッセイのネタにもなっただろうに。人生とはこんなものかも知れない。
私にとってナポリは楽しい所である。かつて私はそのすぐ近く、ナポリとソレント半島の中間のTORRE ANNOUNCIATA というナポリ・マフィア「カモッラ」の本拠地があるという街の国営系企業にコンサルタントとして半年以上単身で滞在し、仕事をしていた事がある。当時その地域の人々の生活は決して豊かではなかったがどこでも何時でも明るさに満ち溢れていた。
そこには何時も歌があった。街の雰囲気、人の人情・・暗さなど微塵もない人々が皆、楽しく生きているように見えた。北のイタリア人が何と言おうと私はここが好きだ。
今日はナポリのBAGNOLI 地区にある国営系大企業の工場に所用で来ている。この従業員3000人以上の工場の所長Mr.Segretti はユル・ブリンナ-に風貌がそっくりの人物だ。50才過ぎの精悍な輝きは、ヘアレスの頭からくるものではない。何か彼全体から発散するヴァイタリティのようなものであろう。
その彼は昼食にMarechiaroの紺碧の海を見下ろす半島状に突き出した小高い丘の上のレストランに決まって誘ってくれた。そこからはナポリ湾、カプリ島、ソレント半島、ヴェスビオ火山とナポリの街並を一望する事ができる。海と空が蒼い。冬でさえテラスで食事ができる程、地中海の太陽と空気は温暖だ。夏はブドウ棚の下で海風を楽しみながら、食事と会話にたっぷりと時間をかける。勿論出張中であるからその間、仕事の話もする。重要な事は案外こんな場所で決まるものだ。
さてS氏は、食事に誘う時はたいてい社用車は使わずゲストのために自ら自分の車を運転して件のレストランまで案内してくれる。途中、ナポリッ子達の乱脈な運転でカオスとしか表現のしようがない大通り、曲がりくねった坂道を他の車をぬいながら彼の車は驀進する。日本の暴走族のオニ-サン達などメじゃない。こっそり陰でやってる連中と、毎日輝く太陽の下で堂々とやってる者のチガイが分かる。日本から出張などで来た人が同乗してると、ここで完全に度肝を抜かれる。昼食の会話における交渉の勝敗はこの時点ですでについているようなものだ。
レストランに着く。彼はすばやく車を降りてゲストのために、うやうやしく自らドアを開ける。自分の運転に圧倒されている客の表情を楽しんでいるようだ。そんな時彼が、フンどんなもんだ・・というような表情を決まってするのを私は見逃してはいない。
そういう事を何度か繰り返しているうちに、ある日、彼は気まぐれに私を試してみたくなったらしい。「今日は君の車で行こう!」。その日は日本側は私一人であったので、日頃世話になってる彼の秘書や技術スタッフも食事に誘うことにした。
私はこの国に来て新たに気づいた事がいくつもある。車の運転の上手・下手は反射神経や運動神経よりも先ず「目」であること・・もその一つだ。
どんなに高速走行中でも過密走行でも、車の前後左右の情報をより広くとりそのわずかな変化もいち早くキャッチ認識できる「目」の性能が最も重要である事を知った。つまりハヤブサのような瞬間を見極める目が大切だ。
私は「目」に関してだけは並の人以上である。特に動体視力が抜きん出ていることをある研究プロジェクトで偶然知った。これはハヤブサやワシ・タカ類の鳥の、飛んでいる姿だけを800mm望遠レンズで写真に撮っている私の趣味と関係があるらしい。また山道を運転しながら野鳥探しをしていたせいか、視野周辺の識別能も良いらしい。だから私はどんなに混雑した高速道路で運転中もあまり疲れず、2~3台後ろの車の人の表情さえ、後ろの車のガラス越しに読み取れる。従って、車の性能の範囲内でれば、ここでの車の高速運転も彼等流の暴走運転も、私はちっとも気にならない。
ここを訪問する度に楽しませてもらってるS氏にやっとおかえしできる日がきた。
私の車はアルファロメオ・ジュリエッタ、イタリアのパトカ-に使われている車だ。S氏の車のように高級ではないが、ダッシュ力とスピ-ドだけは定評どおり優れたものがある。で、S氏には助手席に座ってもらう。
この国では上客はここに座ってもらうのが習慣だ。私はすでにこの環境には慣れている。新たな生態系での環境適応能力は抜群なのだ。それに彼より「目」も良いし若い。
と、いう訳で彼の時よりず-っと早くいつものレストランに着いた。私はすばやく車を降りて客のドアを開く。客の表情を楽しみながら・・・。
S氏は”Che Bravo ! ”と言ってはくれたが、なぜかその表情にひどくこわばったものがあった。そこで私は、フンどんなもんだ・・という彼のいつもの表情をまねてみせた。その日の交渉は、私有利に展開したことは言うまでもない。