8.LaTempesta

 雲行きが怪しい。生ぬるい風が吹いてきた。これは、テンペスタ(嵐)になるぞ。テラスではボ-イ達が大騒ぎで片付けをしている。つい一時前まで、ナポリ湾の海面には積雲が影を落とし、そのむこうにカプリ島の容姿がクッキリと見える穏やかな空だった。テンペスタは突然やって来る。  
  
 HotelSAKURA、かってここに数カ月の長期滞在した事がある。ナポリとソレント半島の中間、ベスビオ火山のすぐ麓のト-レ・デル・グレコという町にある。それもベスビオ火山の山麓をかなり登った所にあるから景色は抜群だ。目の前のナポリ湾の右手にナポリ、左にソレント、正面にカプリ島、そして背後にベスビオ火山の頂が見える。ポンペイの遺跡もここから3キロの所だ。ホテルにサクラという名が付いているのは、ここのオ-ナ-が半分日本人の血を継いでいるからだ。あの頃からもう10年以上は経っただろう。  
  
 日本でもイタリアでも、何処にいてもいろんな人と付き合った。いろんな仕事・いろんな社会・いろんな世界を、見たり経験して今日まで何とかやれてきた。人間みな同じとカッコイイこと言う人もいるけれど、人間みな違う。人類、民族みな違う。  
 動物の行動が、生態系の環境の違いで差が出てくるように、あるいは犬の性格が種によって違いがあるように、人間も生まれや育ちで違いが出てくる。  
 生まれ育った環境で人や社会の性格のカタチが違う。どうやらこれを文化の違いと言っているようだ。本物の紳士もいれば博愛主義者もいる文化があれば、「オレの物はオレの物、オマエの物もオレの物・・・」という豪快な文化もある。こんな違いにもそれなりの事情や理由がある。だから文化の違い
は、そう簡単には変わらない。  
 そんな違いの中で互いにうまく付き合い、共に幸せに生きるには、先ず自分の違いも含めて違いの本質を知り合うことだ。思い込みや先入観を打ち捨てて、本当の違い、違いの意味を知る事だ。互いの違いを知って付き合えば互いにナントカやれる。時には出会う争いも互いにハッピ-な方が良い。友
好も本物の方が良い。これまでそんなやり方で、ケンカも友好もやってきた。  
 相手によって、あるいは場所によって顔つき・態度が変わってもこれは区別であって、差別ではない。ケジメが肝心なようだ。物事の本質を理解しようとしない者には、「差別」と「区別」のケジメはつけられない。  
  
 ホシムクドリとカモの群が一つになって融合できるまでには、それなりにチエと時間がかかる。できればゆっくりと、生物が自然の環境推移に適応しながら変化(進化)してきたように、人類もそれなりにチエと時間を費やさなければならないようだ。互いの違いを理解し合うにはそれなりの努力が要るものだ。  
 だが、ここにきて何だか様子がおかしい。あたかもテンペスタの前触れのような生ぬるい風が吹いているようだ。それが人類の文化か文明かは分からない。努力もチエも間に合わず、全てのヒト科の生態環境を根こそぎ変えてしまいそうな、そんな何かが、もうそこまで来ているような予感がする。  
  
 ホテル・サクラのテンペスタは意外に早くやって来た。